ドラマが見たい訳じゃないんだから、報道に演出はいらない。

こんばんは。
今日はせっかくのお休みだったのですが、外は大雨。
碧志を保育園に送る時以外、自宅に引き篭もっていました。

辛い…。
保育園に着くと、お友達が「碧志!」と口々に名前を呼びながら、ワラワラと集まってきてくれるという、人望の厚い我が息子。
こんなたわいの無い事で、朝からパパは涙腺が緩みました。

碧志、めちゃくちゃ先生睨んどるけどな。
目が開いていない俺ェ…。

そんなこんなで、その後は、ネット→テレビ→ネット…このような、まさに廃人の様な1日を過ごしてしまいました。

そんな中で、今日思った事が。

熊本の震災についての報道。


今日は「ミヤネ屋が取材のために雨宿りしている子供を手で押しのける→子供は雨でずぶ濡れになる」という動画が話題になっていましたね。

この番組の撮影時にどういった段取りや経緯があったのかは分かりませんが、これを観ただけでは、不快でしかないですよね。

レポーターなど、ジャーナリストも仕事としてやっているのは分かるし、現地の状況をキチンと伝えるのが報道の役目なので、僕はマスコミも不必要だとは思いません。

ただ、誰一人傷付けずに撮影をする事などは不可能なのはわかりますが、番組構成に目がいきすぎて、現場でなおざりにされる子供がいるなんて言語道断
!!

視聴者はドラマが見たい訳じゃないんだから、報道に演出はいらない。

かたや、当然スポンサーなんて付かないのに、実際に現地まで支援物資を運んでくれ、かつ現場の声まで聞かせてくれる心意気ある方々のSNS等の方がよほどリアルです。

つまり、様々な大人の事情が絡み合うTVの様な情報媒体では、報道の内容が客観的だとしても、その内容や選定方法はとっても主観的であるというわけです。

組織ぐるみのあらゆる決まり事は、人が決めたものである以上、様々な主観や感情がこもっています。
そこには、今回の台本通りの報道の様な落とし穴がある可能性もあります。

普段から思考を停止させていると、それに気が付くことができません。
一方、普段から意識してものを見たり、疑問を抱くようにすると、自然と問題点や改善の芽が見えてくるものです。

と、話はズレましたが、結局はその報道のあり方がモラルに反するものだとしたら、僕は「そんな情報なんていらない。」と思う。といった話です。

たまには、そんな事を書くのも良いかと思って、久々ポエムってみました。

にしても、余震が未だに収まらないようですね。
震源地も移動を続けているみたいですし…本当にこれで一連の地震は終わりを迎えるのでしょうか?

本当に1日でも早い復興を願います。

さよならBGM◖| ´・ヮ・`|◗♪

サバイバー:「EYE OF THE TIGER」

T.M.Revolution西川さんがこの曲大好きで、その影響で僕も好きになったという一曲でさよなら!

「トップを目指して駈け上がれ
根性を持って 栄光を手に入れろ
やるべきことをやって止まらずに進むんだ
お前自身と生き残る意思で」

自らを鼓舞するような歌詞。
何事も気持ちからということですかね!

でわ( ´・ヮ・`)

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